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企業を退職しカート屋さんに…管理人の活動記録です。

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  • ”これも自分と認めざるをえない”展

これも自分と認めざるをえない展
行ってきました。
以下抜粋

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属性に無頓着な自分、それに執着する社会。


この展覧会のテーマは、「属性」という、日常ではあまり使われない言葉です。「属性」の意味を辞書に問えば、最初に、

【属性】ぞくせい
1. その本体が備えている固有の性質・特徴

(『大辞林』より)
という簡明な説明が与えられます。例えば、あなたの身体的属性には、身長・体重・皮膚や髪の色・血液型・性別・年齢・体躯・顔つき・声など、限りない項目が挙げられるでしょう。また、社会的属性には、名前を始めとして国籍・住所・職業・所属・地位・人間関係などが挙げられます。その他、癖や持ち物なども、あなたの属性に含まれます。



あなたより、あなたのことを知っている社会

静脈認証や虹彩認証などの最新の生体認証技術は、従来、判別が不可能だった身体的属性をも正確に取得することを可能にしました。一方、人は相変わらず、普通の状態では、自分の姿や声さえも客観的に捉えることはできません。社会の方は、その取得環境と保存環境を日に日に整えつつあり、近い将来、場面によっては、社会の方があなたより、あなたの事を知っているという状況も生まれかねません。そう考えると、取得した属性データをうまく使えば、個人個人に細かく対応したサービスや堅固なセキュリティの確保という方向も見えてきますが、悪用すれば、過度な個人の監視や犯罪という方向も容易に想像できます。
この展覧会では、現在、あなたの属性が、あなたの知らないうちに、社会にどのように扱われているのか、さらには、あなたも意識していない、あなたのどんな属性がこれから社会に認識されていくのかを、作品を通じて知ることができます。そして、単なる技術展示にとどまらず、作品化することによって、属性の未来を可能性だけでなく危険性も含めて鑑賞してもらうことを目的のひとつとしています。



あなたの属性は、本当にあなたのものか。

さらに、辞書には「属性」の意味として、興味深い項目が次のように示されています。

【属性】ぞくせい
2. それを否定すれば事物の存在そのものも否定されてしまうような性質

(『大辞林』より)
例えば、自分の紹介に使う名刺も、その人にとっては名前や所属が載っている属性のひとつです。もし、自分の名刺を目の前で折られたり破られたりしたら、どんな気持ちになるでしょうか。まるで自分を否定されたかのように感じ、怒りさえ生まれてくるはずです。また、何かの間違いで、自分の籍や名前が無くなっていたとしたら、自分の存在が無いかのように社会は扱うはずですし、自分自身も自分の存在について希薄さを感じたり、逆にある種の自由さすら感じることが予想されます。
この展覧会では、自分の属性である声・指紋・筆跡・鏡像・視線・記憶などをモチーフにした作品を展示しています。そこでは、この2番目の意味での属性が、私たちが今まで得ることができなかった感情を引き起こします。さらには、自分にとって、自分とはわざわざ気にするような重要な存在ではなかったという事柄や、自分をとりまく世界と自分との関係も分かってきます。

この展覧会のテーマである「属性」と作品群を通じて、人間と社会の未来がどうなるのか、人間と世界の在り方は本来どうであるのかを来場者ひとりひとりに感じ取ってもらい、そして多くの疑問を持ち帰ってもらい、その疑問をかざしつつ、これからの自分と社会を見つめていってほしいと、私は考えています。

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展覧会自体が体感型のものになっていて新鮮でした。
この展覧会の中では、普遍的な”属性”というものを知るためのものではなく、自分自身の属性を知るものになっています。
普段は意識することがない自分の”属性”
自分にはこんな属性もあるのか、と知るためにも足を運んでみてはいかがでしょうか。


…ちなみに一人で行くと若干恥ずかしいところもあります。
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  • DESIGN for LEFTY

design for lefty
世田谷区の三軒茶屋にある生活工房で開催されている『DESIGN for LEFTY』に行ってきました。

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右を見ても左を見ても、現代はまさに右利き社会。
礼儀作法では「左は行儀が悪い」と言われ、日常生活では「不器用」の烙印を押されたりと何かと損をする左利き。右利き用製品に囲まれた左利きの人々は、日常のなにげない動作にストレスを感じる「もっとも身近なマイノリティ」かもしれません。また、年齢・性別・身体的特徴に関わりなく、誰にでも使いやすい道具や社会環境を生み出そうというユニバーサルデザインのコンセプトには、左利きにも使いやすくあるべきだという考えが含まれていると言えます。右利きでも左利きでも使えるように、そして小さな子どもや高齢者に使いやすいように、デザインで解決することは出来ないものでしょうか。
「DESIGN for LEFTY」展では、若手デザイン集団delibab(デーリバーブ)とともに、利き手をとりまく疑問点を洗い出し、デザインによる解決策を探ります。本展を通して、左利きの人は自分自身を、右利きの人は周囲の左利きの人への理解を深めるきっかけを本当の「利き手」でつかんでください。

「DESIGN for LEFTY」チラシより抜粋
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「左利きというのはもっとも身近なマイノリティである」
自動改札であったり、スープのレードルであったり、急須であったり…
気付かない中にも右利き用につくられている製品が多く存在します。

こういう「機能のためのデザイン」っていいですよね。
「アートとしてのデザイン」はアートであって、芸術家の分野だと思います。
しかし「機能のためのデザイン」は簡単なアイデアや日常の些細なストレスから生まれるのです。
そういう意味で「機能のためのデザイン」は誰にでもできるのです。
この「DESIGN for LEFTY」もそんな企画ではないでしょうか。
そんな身近さが私は好きです。





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