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企業を退職しカート屋さんに…管理人の活動記録です。

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先日のこと、これからルームシェアをする後輩がうちに泊まりにきました。
彼は私の大学時代のバイト先の後輩であり、いわゆるフリーターです。

そんな彼とこれからやりたいこと、すべきこと、何を考えているのか、というようなことを夜中まで話しました。
そのうち本人がブログをつくって詳しく書くと思うので詳細は割愛しますが、要はお金と社会について子供たちに知ってほしいというのが彼のビジョンであり、そのための塾をつくりたいということでした。

私は子供の頃には知識ではなく知恵を身につけてほしいと思っています。
私の中の定義ではこの二つの違いは、例えば計算問題に例えると

知識:公式を覚えていてそれにあてはめて問題を解くことができる。
知恵:その問題の意味がわかり、頭をつかって解くことができる。

ちょっとわかりにくい例えですが、知恵は応用がきくということです。
過去に家庭教師をやっていたことがあるのですが、家庭教師のやり方には大きくわけて2通りあるということを感じました。
ひとつは目先のテスト、受験に向けて点数をとることを目的にひたすら解き方を頭に詰め込むという方法。
もうひとつはもっと先、将来や人生のために頭を使える人間になるために解き方や意味を考えさせる方法。
一般的には前者の方が好まれる傾向のようです。当然目に見えて成績が上がりますから。
後者はうまくはまれば結果が出ますが時間がかかりますし結果が出る保障はありません。
もうおわかりかと思いますが私はずっと後者の考えを持ってやってきました。

そういう知恵をつけてもらうために、頭でっかちにならないために私は机の上の勉強ではなく実習形式の学校のようなものをつくりたいと思っています。
自然に触れたり、手を動かしたり、汗をかいたり…。

そういう意味で最初に紹介した後輩とは全く違うことをやりたいと思っているようにも感じられます。
しかし、大きく捉えれば「人生のために」という目的は同じなのです。

一見違う考えを持った人や、自分と意見の違う人というのはたくさんいます。
しかし結果として異なる答えが出ているだけで、根本にあるビジョンは同じなのかもしれません。同じでなくても共感できることもあるかもしれません。
結果が異なってくるのは人生で経験してきたことや感じてきた感情が違うから。

では何故「違う」「理解できない」と勘違いしてしまうのでしょうか。
私は、言葉というものが意図的につくりだせるものだからだと思います。
人は言葉というコミュニケーションツールを持っているからこそコミュニケーションが難しいのかもしれませんね。
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コメント

  • 07月 20 2010
    • 2010/07/20(火) 04:43:22
    • [ 編集 ]
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    • あべれ #-
すんません。ブログ、優先度が低すぎていつ出来るかわかりません!笑
>あべれ
忙しそうだな!まあ気長に待つよ!

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